神様のわざとしての自然

この野草は、山野の林に生えて、小さい白い花が目を惹くものです。
早春の山道などでこちらでは2月下旬からもう咲き始めます。
わずか数ミリの小さい花で、花屋に並ぶこともなく、人の話題になることもほとんどないようですが、それがいっそう自然のよさを感じさせてくれるものです。
この花が見られるようになると、春は近いと感じるもので、その後は、つぎつぎとスミレの仲間などの野草が花開くようになり、木々の新芽などもふくらんでいきます。
〝今日のみ言葉〟より引用。

私が机をおいている窓際から見られる金魚のいる大型水槽に最近は、しばしばいろいろな小鳥たちがやってきて水を飲み、また、一番下のメジロのように、中に入って水浴びして羽をふるわして水を落としているのもあります。

このように同時に4つものメジロが来て水飲みのためにやってくることは珍しいことです。

植物とちがってたえず動き、カメラを向けたとたんに飛び去るのも多いため、小鳥を写真にとるのはとても難しいのですが、これはちょうど仲良しの小鳥たちがともに水を見つけて喜んでいるような感じで、うまく撮れたものでした。

小鳥たちのすがたは、そのさえずりの清いひびきとともに私たちの心をさわやかにし、人間世界の複雑さ、みにくさとはまったく違った世界を感じさせてくれるものです。

〝今日のみ言葉〟より引用。

 白と黄緑色の控えめな花のすがたですが、まだ寒いうちからこのように花茎を立てて春を告げるため、花としても好まれることの多いものです。ウメやスイセンも同様で、寒さ厳しいなかに咲く花というのは、私たちの心にも、あるメッセージを伝えてくれるものです。人間においても、きびしい環境におかれているのに、霊的に目覚めていて、花を咲かせる姿は心惹かれるものがあります。

 写真にみられる、フキの若い花茎(かけい)をフキノトウといい、葉柄とともに食用、薬用に用いられます。若いフキノトウはみそ汁などに入れると独特の春の野の香りと味わいがあって、好む人も多いようです。

〝今日のみ言葉〟より引用。

 (写真・文ともT.YOSHIMURA)