神様のわざとしての自然

カラスウリは、晩秋から初冬にかけて、このように、緑のただなかに、その緑が冬の寒さにおおかた消えてしまったのちも、その鮮やかな朱色の実をとどめて、見る者の目を楽しませてくれます。緑のなかの赤、それはとてもよく目立つものです。この実を見つけても高いところや、草木の生い茂るところにあってなかなか採れないことが多いのです。目で見て、味わってくださいとでもいいたげな様子です。

この実のなかにある種は、かまきりの顔によく似ていて、私も小さい子どものころから、友人たちとこの種を集めてあそんだりしたことを思い出します。そのころは、この実の色の美しさなどはまるで感じていませんでしたが、いまでは、神の御手による立体的な絵画のような感じを受けます。この我が家のカラスウリは、だいぶ以前に種を植えてあったらこのように、大きくそだって実をつけるようになったものです。雑草のただなかから、春に芽を出して、ほかの雑草や木が繁ってくるまえに、懸命にツルを伸ばしてそれらの草木の上部へとめざましく成長し、太陽を光を受けてこのような実を付けるのです。人間も力を尽くして、天を仰ぎ、神の光を受けることによって、成長し、実を付けることができるのを思わされたことです。
〝今日のみ言葉〟より引用。

山のやや日陰の谷川沿いなどにはえています。今から30年ほど前は、比較的あちこちの山間で見られたものですが、最近では少なくなっているようです。その花のすがたと、花びらの模様を見るとだれもが、心惹かれる思いになるような花です。この写真は、県南の聖書の集会に行く途中の小さな谷間で見つけたものです。

アケボノソウ(曙草)は花の白い色が明け方の空を、花びらに見られる小さな点を暁の星と見立ててつけられたと言われています。小さな花びらに繊細な美しい模様がついていて、神の創造のわざに驚かされる花の一つです。
〝今日のみ言葉〟より引用。

植物はたしかに私たちに、「主の平和」のようなものを感じさせてくれます。その色調やたたずまいはどこか御国のおもかげを漂わせ、私たちが不安や心配で動揺するときに、地上から御国へと引き上げてくれることがあります。低山にも見られるこのコウヤボウキは地味な花ですが、近寄って見るとその繊細なつくりと色に驚かされます。
和名は高野山でこの枝を束にしてほうきをつくることから作られたといいます。現代の私たちはほうきはほとんど使いませんが、この白い花によって心のよごれを掃き清めてもらいたいものです。


〝今日のみ言葉〟より引用。


(写真・文ともT.YOSHIMURA)