主よ、来てください!

聖書の中から

〇「マラナ・タ(主よ、来てください)。主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。わたしの愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように。」(コリントの信徒への手紙一16章22~24節)

「いのちの水」誌2008年1月号〝主よ、来てください!〟より引用。

 最も平和があって欲しい家庭のなかにも、しばしば苦しい問題が生じることがある。最近もそうした事実を友人から知らされたことがある。

最も身近なところだけに、だれにでも言えないで苦しみと悲しみに打ちひしがれた心になるだろう。どうしてあのような罪を犯すのか、なぜこんなことが生じるのか等々、そうしたおりには、自らの力の弱さも思い知らされる。

そのような状況がどこまでもつのっていくときには、もう生きていく力も希望も失っていく。ことに当事者が神に希望を持つことを信じることができない場合にはそうなっていくことが多い。

主イエスが十二弟子をこの世に遣わしたとき、主は、弟子たちに「汚れた霊に対する権威を授けた。それは汚れた霊を追いだし、あらゆる病気やわずらいをいやすためであった」と聖書にある。そこに時代を超えた深い意味がある。

汚れた霊とは悪の霊である。私たちを苦しめ痛めつけようとする悪の根深い力である。主は私たちのそうした苦しみを御存じであったゆえに、そのような悪の力を根源から除き去ろうとして下さる。

私たちはたしかに今も目には見えない悪あるいは闇の力に苦しめられている。私たちの魂の内部で、ときには苦しい病という形をとって、また家庭のような身近なところで、さらに学校や職場、会社や国家などの組織において、さらには戦争や内乱のようなテロにおいても、問題の根源となっていることは、すべてに共通して、そうした悪の霊、闇の力である。主よ、来て下さい。そして昔と同様に悪の力、闇の力を追いだし、私たちに聖なる霊の力と清めを与えてください。

(文 T.YOSHIMURA)