(190)アシジのフランチェスコの平和の祈り
主よ、私をあなたの平和の道具とし、
憎しみのあるところに愛を
傷つけあうところに、赦しを、
誤っているところに、真理を
疑いのあるところに、信仰を、
絶望のあるところに、希望を、
暗闇に、光を
悲しみのあるところに、喜びを蒔くものとして下さい。
聖なる主よ、慰められるよりは、慰めることを、
理解されるよりは、理解することを、
愛されるよりは、愛することを、
私が求める者となりますように。
なぜなら、私たちが、受けるのは与えることによってなのです。
私たちが(神から)赦されるのは、(人を)赦すことによってなのです。
そして私たちが永遠の命に新しく生れるのは、死によってなのです。
(これは、フランチェスコの名と結びつけられて伝えられた祈りであり、彼の精神をよく反映しているとされる。この祈りは、直接のフランチェスコの書いたもののなかには見られないということであるが、第一次世界大戦中の一九一五年にこの祈りが見出され、以後、「フランシスコの平和の祈り」として広く引用されるようになった。原文を次に掲げておく。)
Lord make me an instrument of your peace
Where there is hatred,
Let me sow love;
Where there is injury, pardon;
Where there is error, truth;
Where there is doubt, faith;
Where there is despair, hope;
Where there is darkness, light;
And where there is sadness, Joy.
O Divine Master grant that I may not so much seek to be consoled
As to console;
To be understood,as to understand;
To be loved, as to love.
For it is in giving that we receive,
It is in pardoning that we are pardoned,
And it is in dying that we are born to eternal life.
