聖書の中から
〇「キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。」(第二テモテ 2章3節)
〇「不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。」(第一ペトロ 2章19節)
「いのちの水」誌2011月4号 〝神の愛ー闇と混沌の中にて〟より引用。
死の陰の谷をあゆむとも、私は災いを恐れないという。私たちがこの世に生きるとき、誰しも死ぬかと思うほどのことに、1度や2度は出会うだろう。今日、大きな自然の災害によって苦しむ多くの方々のうちには、まさに「死の陰の谷」を歩んでおられる方々が多いと思われる。
なぜ、神はそのような苦しいところを歩かせるのか、なぜこの苦しみは自分なのか、なぜ、ほかの人でないのか…といった疑問は、苦しい状況が深刻であるほど、次々と持ち上がってくると思われる。
苦しみは現実に襲いかかってくる。それがなぜ、ほかの人でなく、自分なのかといった疑問は答えることができない。
しかし、はっきりしていることは、そのような苦しみのただなかにあって、神は求めるものに魂の糧と力を与えられるということである。神の愛は、そのように苦しみを通して与えられるということが実に多い。 健康で恵まれた家庭であっても、やはり神の愛を感じることはできるだろう。しかし、どんなにしてもぬぐいさられない悲しみや苦しみのなかに注がれた神の愛は、生涯忘れることができないものとなる。
(文:T.YOSHIMURA、イラスト:投稿者)
